ソルトレイクシティで飛行機に乗り遅れたら宗教に勧誘された
まだLCCなどなかった時代の話。
私は、アメリカから日本へ一時帰国のために比較的安いチケットをとった。
ソルトレイクシティまでは国内便で、乗り継ぎには1時間半くらいの時間があった。
時間通りに到着し、楽勝(-.-)y-~と思いながらお茶をしたりゆっくり過ごしていた。
さてと、余裕をもって行くか、とチェックインカウンターに行ったところ、「この飛行機はもう出発するところで、搭乗手続きはできない」と驚きの言葉を告げられた。
は?なんでございましょう?
一体何が起こっているのかよくわからなかった。
いやいや、何も間違ってないし、時間通りだし。
時計を見る。壁に掛かっている時計を見る。
ちょっと待て。
ずれてるね。ええ、ちょうど1時間。
……。
しまったぁーー!!
時差があったーー!!!
Time difference、タイムディファレンスよー!
ちょっとどうしよう。近いから時差なんて気にしてなかった。なんで飛行機の中で現地は◯◯時ですって言ってくれないの!?
帰れないの?ワタシニホンジン。ニホンニカエリタイ。
大ショックを受けて涙目でカウンターに突っ伏し、あたしどうすればいいの?とつぶやく。
憐れみの表情でカウンターの男が私を見てマーム、アイムソーリー、ペラペラペラとなんか話してるけど何も耳に入ってこない!
私の中はニホンニカエリタイでいっぱい。
……。
絶望の数分の後、我に返った。
よし、なんとか帰る方法を考えよう、と。
乗り遅れた飛行機は、どこの航空会社か忘れてしまったが、日系ではなく米系だった。
当日の日本への便は他の航空会社も含めこの空港からはもうないと言われた。
じゃあ国内線で他の空港に行く。そこからならあるでしょ?
カウンターマン 「今から他に行っても間に合わねえべ。うちの会社の便にはね。
さすがに他の空港で他社の航空会社は全部はわからないから、それは自分で調べろっちゃ」
は、まだ昼だし!他の航空会社ならあるだろうよ!でもね、金ない学生はもうどうにもできない。これ以上の航空券代は払えません!
おう。
わかった。
だったらな、明日はどうだ?
(チビが超オラついてる)
明日にブッキングしろー!
ねじ込んだ。
エクストラのフィーはもちろんなしよね。なしだよね♪?
涙目の上目遣いでカウンターの男を見る。奴は氷のような冷たい表情でこちらを見返す。
抑揚のない声で、◯時のこの便を予約した、とだけ言われ、心配になった。ノーエクストラチャージね???と念をおす。
男は無表情でNop.と言った。
よし、言ったな。覚えてるからな!!
発券後、うるさくお礼を言い、もういいから早く去れというような呆れ顔の男がいるカウンターをあとにした。
さて、次やることは宿探しだ。
まったく、ここで一泊するなんて思ってもみなかった。
スマホなんてない時代、公衆電話で攻撃だ。
空港近くのホテルのリストを見て電話をかけ、空室と料金の確認を10件くらいしただろうか。
公衆電話で受話器をガシャンガシャンさせて電話かけまくってるアジア人の小さい女。不審だよね。
10件以上かけて疲れてきたので一番安いホテル、というかモーテルに決めた。
空港まで迎えに来てくれるという。
迎えに来たのは運転手とモーテルの主人と思われる人だった。
主人は超ヨボヨボのおじいちゃんだった。運転手だけでよくない?
バンに乗り込むと、じいさんが隣に座った。客は私だけだった。
一通りの会話を交わしたあと、じいさんが遠い目をしながら言った。
自分は戦争で日本に行った、と。
ひえっ、マジ?
何て言えばいいのだろう。言葉が出てこなかった。
じいさんは笑顔だった。
そうかそうか、お前日本人か(^^)的な表情をしていた。
硫黄島で戦ったのだそうだ。
本物だ。
多くの日本兵が戦死した戦いは、日本人なら誰でも知ってるよ。
仲間を何人も失い、大変だったと…。
でも、それはもう遠い昔の話。日本人が自分の宿に来てくれるのは大歓迎だそうだ。
これまで何回か日本にも行ったことがあるとも言っていた。
何とコメントしていいかわからなかった。
戦場に行った人は、国とか敵とか味方とかもう関係ないんだろうな。
歴史が刻まれた皺を見たら、自分がとても薄っぺらい存在に思えた。
空港での自分の態度を反省させられる…
明日の飛行機で帰ることを伝えたら、今日はどうするの?と聞かれた。観光するのにどこかいいところがないか尋ねてみた。
いろいろ教えてくれたけど、忘れてしまった。でも、その中のひとつ、モルモン教の寺院に興味をひかれたので行ってみようと思った。
私のなかでソルトレイクシティは、モルモン教、湖、オリンピックのイメージしかなかった。
その中のひとつをお薦めされたら行くしかない。
モルモン教で知っていることといえば、戒律が厳しくて酒タバコ異性関係禁止、だった。同性愛なんてもってのほかだな。私は終身刑か?
さて、荷物を部屋において身軽に、気持ちも軽くなって外出することにした。
車で近くまで送ってもらい、すぐに目的の施設に到着した。
ビジターセンターみたいなところがあったので、そこに行けばいろいろあるだろう。
しかしビジターセンターはでかかった。大きいんじゃなくてデカイ!
こりゃ敷地はとんでもない広さだろうな。。。
とりあえずまわってみようと思ったら、スタッフの女の人に声をかけられた。
若いアジア人だ。
あ、この人日本人だ。
ひと目でわかった。
すると向こうからも声をかけられた。
「日本の方ですか?」
あ、はいそうです。
「よろしければご案内しますよ」
一人でまわるより勉強になるかもと思い、お願いすることにした。
モルモン教の歴史や展示の解説をききながら館内をまわった。
正直、内容はあまり覚えていない。
キリスト教系信仰の信者にありがちな、まっすぐで真面目そうな眼差しと話し方が印象的な女性だったのは覚えている。
途中からもう1人加わって、日本に帰ったらどうされるんですか?と両端を挟まれて問いかけられた。
バイトです!
1日でも暇があればバイトしてお金貯めます。少しでも学費の足しにしてアメリカに戻ってきます。
彼女たちは私よりも恐らく若い。
困惑したような表情だったが、でも、と
続けた。
「息抜きに日本の教会(教会って言ってたかな?忘れた)を訪ねてみませんか」
いやー、いいですよ。
忙しいし今回ここに来られてよかったです。
「たくさん仲間がいて楽しいですよ」
そうみたいですね。
(友達いないように見えるよね?でも結構)
「私も彼とそこで出会ったんです」
そうなんですねー。それはいいですねー。
(彼氏いない寂しい女に見えるよね?彼女ならいるよ。んで君、ちゃんと戒律守ってるよな!?)
「外国人もたくさんいて英語の勉強にもなるし、今のレベルを維持できる場として最適ですよ」
それはいいですねぇ。でもバイト(略)
(日本にいる時くらい日本語話させてくれよ)
攻撃は続くがこちらも最大限のやんわり拒否で防衛する。
ビジターセンターから出て大聖堂も案内してくれた。
建物は素晴らしかった。
ぱっと開けた空間(超広い)にガラスから入る光が眩しく照らされる。荘厳な景色がそこにあった。
教会の中にほとんど入った経験はないが、無宗教の私でも厳粛な気持ちにさせられる。
ありきたりな言い方だが、感動した。
建物の外に出たら、また勧誘が始まった。感動が伝わったのか、日本にも素晴らし教会(神殿って言ってたかな?)があるという。
せっかくの感動が薄れてしまった。
お姉さんたち、一生懸命なのはわかるけど、私ね、何かの信者になるつもりはないの。
とても純粋そうで清い生活をしているあなたたちと私は、見ているものは同じでも違う世界に生きている。
何を信仰しようと人それぞれだが、それを無理に勧めようとするのはなぜだろう?なぜ宗教はどれも拡大しようとするのだろう?
自分がいいと思うものを勧める。それはいい。
だがしつこく誘ったりあれこれ余計な一言が多くて宗教の勧誘は辟易する。
それにしても、学生だと言っていたあの子たちがああやって本部で活動しているのは、どこから費用が出ているのだろう?
外国に住んで違う文化や言葉を学ぶ経験ができるのは何にも替えがたい。
それを信仰のおかげだと彼女たちは思っているかもしれないね。
宗教はたいていお金持ちだから。
敷地を出るまで勧誘は続いた。
「もったいないですよ」
「すごくプラスになることがたくさんあると思いますよ」
「えー残念ですー」
「気が向いたらでいいので来て下さい」
キラキラした目だった。
でもその目は、私を通り越して、何か違うものを見ていた。
何かを信仰できれば楽だろうな、と思う。
痛みも辛さも何もかも忘れられる。
がんばれる。
薬と同じだ。
脳内麻薬が出ているはずだ。
あの目は、自分の脳からドーパミンをドバドバとたくさん分泌している目なのだ。
私は宗教の勧誘をよく受ける。
醸し出してるんだろうね。興味はあるし人間の弱さへの共感がものすごくあるから(自分が弱いから)、仲間だと思われる。
勧誘を受けて実際に集まりに行ったことも数回ある。普通行かないだろうけど(笑)
しかしまさかアメリカのこの街で日本人から勧誘を受けるとは思わなかった。
そこでは常識の範囲内での勧誘だったので、モルモン教にそこまで悪いイメージはない。
まあ、入りたいと思ってもゲイだから門前払いかな。
パンフレットを受け取り、連絡先の記入を断ってなんとか外に出た。
太陽と緑が眩しくきれいだった。
この景色を信じればいいんじゃない?
そう思った。
翌日、じいさんと宿で挨拶をした。
昨日はどうだった?
よかったよ。建物が素晴らしかった。
そうかそうか。それはよかった。
気をつけて帰れよ!
はい。ありがとう♪
空港では2002年の冬季オリンピックに向けたマスコットやロゴのデザインを入れた商品がたくさん売っていた。
すごい盛り上がっているわけではなかったが、オリンピックのショップがあったので、ピンバッジとTシャツを買った。
結構気に入っている。
成田に着いたら日本だった。当たり前だ。
夢にまで見た日本。
でも、感動や感激はない。1日遅れるというのはそういうことなのか?
家に帰ったら、母親が「あら、いたの」だって。
「ごはんなんかないわよ」
……。
宗教に入ろうかな。
そうだ、わたしが教祖になろう。
ポーシャ教(笑)
勧誘だ。まず信者集めだ。
ポーシャ様の言うことを信じてお布施を包めば幸せになれます。同性愛OKです。
みんな私のところに集まれ~♪
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